AIを手にした人類は何をしたか
AIはすっかり身近なものになった。
課金さえすれば——場合によっては課金せずとも、AIを使って何かをする事ができる。
そして何かをしないようにすることもできるようになった。
その結果、我々は何を生み出したのか。一部の例外を除き、ろくでもないことだった。
サーチエンジンの代わりにしてみたり、
某ハリウッドスターがパスタを食べる様を生成してみたり、
YouTuberの焼き直しみたいなコンテンツを量産してみたり、
フェイクニュースの信憑性を高めるのに使ってみたり……。
まあ、平和的なものから犯罪に両足突っ込んで首までどっぷり浸かっているような用途まで、
幅広く使われてきた。
その時思ったんだ。
「AIを使ってるのに、我々人類はこの程度のことしかできないのか?」って。
だって、何の面白味もないじゃないか。
イマジネーションも刺激されないし、すべては現実の模倣でしかない。
正直落胆したよね。
……えっと、拝啓 ウィル・スミス様
貴殿におかれましてはご機嫌麗しゅうこととお喜び申し上げます。
正直、貴方がパスタを食べているAI生成動画は面白かったです。
どんどんリアルになっていく様子をみて未来を感じました。
貴殿の心中としてはいかほどのことか、想像すらおよばぬところではございますが、
今後のご活躍も期待いたしております。
で、自分の個性を活かしてみようと思った訳よ
じゃあ、「自分ならどうする?」って考えたとき、ふと思いついたんだ。
イマジネーションの限界が「リアルの模倣」か「空想」でしかないなら、
それを混ぜ合わせたらどうなるんだろう……って。
それが、いわゆる「フェイクリアル」の原点。
リアルでもない。フェイクでもない。
その違いを意図的に曖昧にして、分別することを無意味にするってこと。
そこにオリジナリティが見いだせるなら、それって可能性なんじゃないかなって。
貴方のオリジナリティ。どう定義し、どう観測する?
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