AIが人間の代替となったからこそ
まったくもって皮肉な話ではあるが、AIが人間の代替として必要十分な性能を持つようになってから、相対的に価値が向上したものがある。
それは、人間そのものだ。
機械が人間を超越し、人間の代わりにあらゆるものを成し遂げることができるようになった。時にそれは、人間と遜色ない——人間には到底なし得ないレベルのアウトプットを示すようになった。
それは、人間の敗北であるようにも感じられる。
従来より価値のあるもの
しかしながら、新たに価値が生まれたものもある。
それは、「人間の本質」である。
正確に言えば、それは従来より価値のあるものだった。ただただ、その価値が軽視されてきただけとも言える。
では、「人間の本質」とは何だろうか?
それは人間の生み出すものだ。
歩くこと、走ること、飛ぶこと、話すこと、歌うこと、描くこと、踊ること、考えること、生み出すこと、表現すること、想像すること。そして、創造すること。
それらは機械でもおこなうことができる。しかし、機械がそれらをおこなってもそこに価値は生じない。生じるのは驚きや可能性、期待感。
人間がそれらを行うことに、人間は価値を見いだす。
そう、貴方自身も
貴方は人間である時点で、ある種のアドバンテージを有しているのだ。
他の人がそうであるように、貴方の生み出したものに価値が宿る。
心配しなくてもいい。特別なことである必要なんてないんだから。
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